1.福山に蔵王町がある理由~蔵王小学校の由来からわかった蔵王の地名
そもそも、どうして福山に「蔵王町」があるのかを知らなかった頃は、家からすぐ近くにある「蔵王山」についても、「蔵王町」にある山だから「蔵王山」というのだろう、といういい加減な認識でどちらも深く考えたこともありませんでした。
もちろんこれは間違いで、「蔵王山」があったから「蔵王町」になった、というのが本当の歴史のようです。
つまり、なぜ「蔵王町」なのか?といわれると、なぜ「蔵王山」なのか?という問いの答えが先に必要になるのです。
(福山市の蔵王山の概要はこちら)
福山の蔵王の名前の由来を紐解いていくと、Kiyoの近くにある「蔵王山」、「蔵王小学校」、「医王寺」、「お地蔵さま」の全てが平安時代までさかのぼる「歴史」というひとつの糸でつながって、自分の故郷が「田舎のなーんの観光地もないただの小さな農村」としか認識していなかったところから180度見方が変わり、ご先祖さまたちに手を合わせたくなりました。
歴史研究をされている方々の資料によれば、古事記や日本書紀に出てくる「孝霊天皇」や「崇神天皇」といった名前が出てくる部分もあり、そうした深い歴史が隠されている地域だったんですね。
そこで、あらためて、「蔵王」という名前の由来について調べてお伝えしておこうと思います。
蔵王町は、もとは「市村(いちむら)」と呼ばれていたのですが、なぜ蔵王町になったのかがこちらの「蔵王小学校」の資料に書かれていました。
なんと、語呂の問題が発端だったとは。
「福山市市村町」というワケのわからない地名も、面白がられて有名になってたかもしれませんが(笑)

蔵王小学校のいわれ(福山市公式HPより)
今年 150 歳を迎えた蔵王小。市内でも有数の長い歴史をもつ小学校です。
150 年前の 1872 年といえば、明治維新から 5 年。まだマゲを結い、刀の着用も禁止されていない時
代です。そこから 1 世紀半の長い年月を経てきた、現在の蔵王小ですが・・・
ここで問題です。なぜ「蔵王小学校」は「蔵王小学校」という名前なのでしょうか?
皆さん、考えたことがありますか。
『そんなの当り前じゃないか。考えるまでもなく、「蔵王町」にある小学校だから、「蔵王小学校」という名前に決まっているじゃないか。』
そうです、その通りです。
では、なぜ「蔵王町」は「蔵王町」と言われているのでしょうか。前にもニュースでお知らせしたように、「蔵王小学校」は以前「市村小学校」その前は「市村尋常小学校」と言われていました。
以前「蔵王町」は「市村」という地名の村でした。これは、古く蔵王には山陽道でも有名な「深津の市」があり、かつて盛大に交易をしていたことが村名の起こりです。
深安郡市村と呼ばれていましたが、1956 年(昭和 31 年)9月30日に福山市に編入される時にその名もなくなりました。同時期に、近隣では深安郡引野村、千田村、御幸村など計 10 の町村が福山市の仲間入りとなっています。では、他の地域はそのまま「村」を「町」に代えただけなのに、なぜ「市村」だけは「蔵王町」に変わったのでしょう。
ご年配の方は、ご存じかもしれませんが、経緯を知っている人は少なくなったのではないでしょうか。
そこにはこんな話があったのです。
当時、市村の村長さんは福山市に合併するにあたり、その名称に悩んでいました。理由は、『もし市村という名前をそのまま町にすると、「福山市市村町」になる。
文字の中に、自治体のそれぞれの単位である「市」「町」「村」がそのまま入っている。
市市町村と変に間違われる名称となるよりも、村民の総意でいい名前にしておく方が賢明ですよ。』
ということから、村民に名称を募集し、ふるさとの山、蔵王山にちなみ「蔵王町」が誕生しました。
今年は、蔵王小学校という名前に変わってからも65年という節目になります。
(以上、福山市のHPより引用 2025/4/26)
2.「蔵王山」はなぜ「蔵王山」なの?~「蔵王権現」様が由来
そういうわけで、「市村」は「蔵王山」にちなんで「蔵王町」になったとなると、そもそもなんで福山にもあの東北の蔵王山と同じ名前の山があるのかという疑問が沸いて、調べてみました。
仏教等に詳しい方ならどうということはない理由だったのですが、その由来は「蔵王権現(ざおうごんげん)」様にあります。
蔵王権現は、山岳信仰と修験道に関連する神とされ、正式名称は金剛蔵王権現(こんごうざおうごんげん)、または金剛蔵王菩薩(こんごうざおうぼさつ)と言うのだそう。
インドに起源を持たない日本独自の仏様のようで、世界文化遺産となっている奈良県吉野町の金峯山寺本堂(蔵王堂)の本尊が有名です。
「金剛蔵王」とは究極不滅の真理を体現しあらゆるものを司る王、権現は「権(かり)の姿で現れた神仏」、つまり、仏、菩薩、諸尊、諸天善神、天神地祇すべての力を包括している神様なのだそう…うーん、最強ではないですか。
まさに「ゴッド・オブ・ゴッド」ですね。
この山の神である蔵王権現様を祀る山が蔵王山ですが、一番有名な東北の蔵王山の外に、我が福山市の蔵王山(ざおうざん)、さらに、福井県永平寺町にある「蔵王山(ざおうさん)」、 愛知県田原市にある「蔵王山(ざおうさん)」、新潟県村上市にある高坪山の通称として「ざおうやま」、というのがあるらしい。
高坪山の通称を別とすれば、漢字の「蔵王山」は日本に4つあるということみたい。(他にもあったらゴメンナサイ)
でも、これほどの最強の神様という意味を考えると、4つもあるというよりも、4つしかない、とも言えるわけで、とてもありがたい名前の山だったんですね。

3.福山の蔵王山には「蔵王権現」様がいない!?
こういう理由から考えると、わが福山の蔵王山にも「蔵王権現」様が祀られていたはずなのですが…どうも、これが怪しいのです。
ある人のブログにこういう記述を見つけました。
「にっぽんのじんじゃ(ひろしまけん)」これまでに訪れた神社で写真(携帯だけど)に撮ったところーより引用
現在、町名を「蔵王」というのは当社の西向かいに聳える蔵王山に基づくが、
ではこの蔵王山にかつて蔵王権現を祀っていたのか、というと、祀ってはいなかった。
『西備名区』深津郡市村・同新涯沼田条には、
八大龍王社、当社を里俗は蔵王権現と称する。旱魃甚だしい時は、有司が藩内の雨乞いを行うと、必ず雨が降る。
(*現・高龗神社)とあり、また、蔵王山下城、この山に八大龍王が鎮座しており、ザオウ山という。
東麓は千田村にかかっており、千田分に平賀の城跡がある。かの村の由緒に伝える。
とあって、龍王の社を一般人は蔵王権現と呼んでおり、その鎮座する山を蔵王山といっていた、ということになる。
蔵王権現=八大龍王という例はないので、ある一時期、龍王社に修験者が滞在して蔵王権現を祀り修行していた、というようなことがあって誤り伝えられたのだろう。
修験者がたまたま一時的に祀った「蔵王権現」様が、そのままま山の呼び名に変わってしまったらしいという説ですが、真実はよくわかりません。
現在の蔵王山に「蔵王権現」の神社は無いですが、「権現岩」と呼ばれる岩があるようですし、一時的であろうが祀られたのであれば、最強の神様ですから、そこに分身を置かれることぐらい容易なはず。
きっと、ここにもおられるものと信じましょう。古来、信仰ってそういうものですよね。
